2005/7/24 中日新聞社説
「フォースとともにあれ」
「フォースとともにあれ」。映画「スター・ウォーズ」で、騎士たちが交わす合言葉。銀河の果ての荒野でも、やさしさを忘れないでと、互いへの祈りを込めて。
さそり座の赤い一等星が、南の空に白く濁って見えました。天の川はどこにあるのでしょう。すぐそばを流れているはずなのですが。
都会の夏は光と闇の境界線があいまいで、強過ぎる地上の明かりが熱帯夜の寝苦しさをかき立てます。
私たちの銀河系は、どら焼きのように真ん中がちょっと膨らんだ巨大な星のかたまりだそうですね。
地球は居場所を見失いその中心は、いて座あたりの天の川の中にあり、地球から二万八千光年も離れています。天の川とは、内側、それもややはずれから見た銀河の姿にほかなりません。
天の川が見えなくなるということは、地球や人間が、果てしない宇宙の片隅で自分の居場所を見失うということなのかもしれません。
遠い昔、遠い銀河の内乱を描く米映画「スター・ウォーズ/エピソード3」が、シリーズ二十九年目の最終作ともあって世界中で記録的なヒットを続けています。
シリーズの主人公は「フォース(理力)」という超能力に恵まれた「ジェダイ」と呼ばれる騎士たちです。ところが、フォースの「光」には、それに見合った、あるいはもっと強大な「暗黒面」の闇の力が裏腹になっていて、怒りや憎しみ、そして不安や恐れをてこに、暗黒面の奈落の闇へ落ち込む危険を常にはらんでいます。暗黒面に落ちたジェダイは、「シス」という支配者に変貌(へんぼう)を遂げるのです。
「いけないと知りつつ、より大きな力を求めている」「力を得た者は、それを失うことを恐れる」
映画の中には、ジェダイたちの自戒の言葉がさまざまに現れます。
これらの言葉は、「平和と自由、正義と安全」、あるいは「より安定した社会の確立」の名の下に侵略と殺りくを繰り返すシスの姿に重なって、映画を作った国そのものの自戒のようにも聞こえます。
そう言えば、同様にヒット中の「宇宙戦争」では、圧倒的な科学で武装した宇宙人の理不尽な侵略に、なすすべもない世界最強の国と軍隊の苦闘がしつこく描かれます。これも自戒の姿でしょうか、それともただの自虐でしょうか…。
さて、暗黒面の縁に危うく立つのは、フォースを備えたジェダイばかりとは限りません。
最大級の理性と叡智(えいち)も、暗黒面と隣り合わせの存在です。
暗黒面へ導くものは
その一つの表れが、五十年前の七月、哲学者のバートランド・ラッセルと物理学者アインシュタインらがロンドンで提示した、「ラッセル・アインシュタイン宣言」でしょう。
「私たちは、人類として、人類に向かって訴える−あなた方の人間性を心にとどめ、そしてその他のことを忘れよと。もしそれができるなら、道は新しい楽園へ向かって開けている。もしできないならば、あなた方の前には全面的な死の危険が横たわっている」
平和と幸福を願う科学が図らずも陥った核兵器という暗黒面への悔恨が、強くにじみ出た文面です。アインシュタインは第二次世界大戦前夜、原爆開発を進言する手紙を米大統領に書いていました。
そのロンドンでしかも七月に起きた同時テロは、世界に再び不信と不安をまき散らすことになりました。
テロの毒気は、ユーラシア大陸を挟んだ極東の愛・地球博(愛知万博)という博覧会場にも降り注ぎ、運営者とその意を受けた警備員のみなさんは、「平和と自由、正義と安全」の名の下に、来場者の手荷物検査やIDカードの確認作業に心血を注いでいます。
機械的な表情やしぐさの一つ一つが、シスが操るクローン(複製人間)兵士を思わせる。そんな姿もありました。疑いを持つことに疑いを抱いていない…。
善悪の問題ならば、それは恐らく「正しい」行いなのでしょう。しかし、怒りや憎しみに増幅された不信、もしくは不安に翳(かげ)るまなざしが、正義や理性を暗黒面へ導くものであることも、忘れてはなりません。
恐れないで、忘れないで
一枚の写真が手元にあります。東ティモールとの交流を続けるネットワーク「環音(わをん)」の代表広田奈津子さんの作品です。
独立紛争の爪跡(つめあと)が深い首都の街角で、男の子を古びたバケツの“おふろ”に入れる母子像です。男の子は満面に笑みをたたえて「一人でできるもん!」と歌っています。
広田さんは、廃墟(はいきょ)の跡で、貧しくも未来を向いて誠実に生きる自立した人の姿に希望を見いだし、「真実」と名付けた詩をしたためました。「もうおそれないで」の繰り返しが印象的なこの詩には曲が付き、CDにもなりました。
今こそ勇気を忘れちゃいけない。やさしい心を忘れちゃいけない。南半球では今夜もきっと、満天に輝く天の川を見られるでしょう。