2002年7月号
ミュージックマガジン Points of View
●日本から音楽を携えて東ティモール独立に立ち会った 脇本あかね
5月19日、東ティモールの首都ディリは、肌を焦がすほどの強烈な日射しが、20日の独立日に向けて盛り上がる人々の熱気をさらにヒートアップさせているように見えた。
ポルトガルの植民地支配、日本軍による占領、インドネシアからの四半世紀にわたる軍事侵攻と、略奪と暴行の長い歴史を経て、悲願がもたらしたこの歴史的瞬間に、私はソウル・フラワー・モノノケ・サミットのメンバーと、日本から音楽で独立を祝おうと彼らを東ティモールへ導いたNPO「環音(わをん)」(広田奈津子代表)と共に立ち会い、その歓喜を肌で感じることができた。午前0時を迎えた独立記念式典会場で繰り返される「ビバ!」の唱和。おおらかで寛大な民族性で、かつての侵略国からやって来た私たちを人なつこい笑顔で迎えてくれた人たち。この数日間の濃厚な体験は、どれも私の心にしっかりと焼き付いた。
しかし、独立を喜ぶ一方で、侵攻によって家族や家を失った人々への精神・経済的な問題やインドネシア併合派と独立派の和解、アジア最低といわれる生活水準の改善など、東ティモールには切実な課題も山積みである。また、独立決定後には、植民地時代を経験した高齢者しか使えないポルトガル語が公用語として教科書に使用されたり、自国から産出する石油や天然ガスといった資源の半分以上の利権を他国が獲得しようとしているなど、小国の独立に過剰に介入する他国に対して、国内からの反発も強まっている。私たちも、こうした現状を、“モノノケ”が20日に出演した国連暫定統治機構が主催する祝賀コンサートをはじめ、独立記念式典に関わる行事がすべて他国によって仕切られているという現実を身をもって体験し、東ティモールの人々の声がほとんど届いていない悔しさと無念さを覚えた。
そういった意味では、環音と現地の人々が共同開催した手作りのまつりで行われたモノノケの2度目のステージは「東ティモールの真の独立を応援したい」という彼らの願いを十分にかなえるライブになったと思う。
会場になったのは、ディリの西、リキサ市にある東ティモール社会党(PST)の本部。住民の協力で作られた竹製の舞台は、停電のため急遽発電機を集めてライトアップされた。「他国からの利権が絡んだ援助にばかり頼るのではなく、国民による国づくりを実現しよう」というアベリノ・コエージョ書記長の演説やディリから参加したバンドの演奏、地元の子どもたちによる歌と踊り、環音が日本で集めた楽器のプレゼントなど、一人ひとりの祖国に対する思いが、さまざまな形で自由に表現された。
そして、モノノケの演奏が始まると、三線、チンドン太鼓などの初めて耳にする音色、体験したことのないリズムに、リキサの人々は興味津々な様子。微動だにすることなく、じっと舞台を食い入るように見つめる姿が印象的だった。
会場には、「昼間は日射しが暑いから、朝3時に家を出て、5時間かけてまつりに来た」と話してくれた女の子をはじめ、町に響き渡る聞き慣れないアンプの音に500人もの人々が集まった。プログラムが夜中まで延長されても興奮は冷めやらず、誰も帰ろうとする人はいなかった。モノノケの中川敬さんも、「自分的には、ゼロのところから作ったこのイベントは大成功。この国に来て、東ティモールは権力者が作った国ではなく、本当に国民一人ひとりが作った国だということを実感したね」と、さっぱりとした表情を見せてくれた。
そして、私たち日本人に贈られたのは「音楽という文化を通じて、新しい日本の友人ができた。東ティモールと日本の連帯にビバ!」という絆の証。今回の活動が、本当の意味での日本と東ティモールの新たな連帯の幕開けとなったことは間違いない。
●わきもと・あかね=名古屋を中心に情報紙などの制作を手がけるとともに、環音スタッフとしても活動するフリー・ライター。1976年生まれ、三重県出身。
photo=小幡文人(アーネスト)